現成の仏陀への信仰

まず、歴史上の釈迦、仏陀の存在を極めて重要な、偉大な存在として捉えています。
そして、その霊存在が、肉体の死でただ無に帰したのではなく、魂は永遠の存在であり、それが1度転生しただけの存在でなく、繰り返し転生輪廻している前提があります。

>仏陀としての釈迦が転生輪廻するということは、目的があってということになりますが、悟りを得た現世での仏陀を信仰するということになりますね。
>「現世での生まれ変わりである人」と「悟りを得ている人」との両者が真実のものであるかどうか、自分なりに問い、それを通過していることになると考えてもよろしいのでしょうか。

その通りです。確信してのことです。仏教への疑問も、他の関心のあった宗教への疑問も、その他思想面でも論理的にも理解でき、確信ができました。

そのうえで、使命として釈迦という意識が再度転生して仏陀としての悟りを得ることがある。これがまずすべて前提です。

>この前提を真実のものとしてとらえるに至った経緯というものが、言葉、生き方に矛盾がないという理論的なものなのか、ブッダフィールドと言われている関係性、直感のようなものなのかは興味があります。

どちらかといえば、関係性、直感によるものといってよいかと思います。
ただし、その理論的裏付けは絶えず行って確信しました。
これも対象を前提として決定したことではなく、自分の生き方として演繹していったとき、どうしても解決のつかない問題、疑問の打開の策を探し当てたという感覚に近いです。パズルのピースが繋がるように。



 CU