矛盾なき教え
次に、では実際にその可能性があるかどうかの検証の過程があり、そうであるならば、現代社会において仏陀たる意識が転生して教えと説くとはどういうことであるかを検証します。
>説いている教えが転生によって存在する生身の人の意識によって出され、それが仏陀の意識そのものであるといういくえにも重なった問いを解いていくという感じします。
>しかし、実際には「矛盾なき教えを発する」という1点でしか確認できないのではないかという気もします。
実際にそれはその通りであると思います。
自分の生き方にも誓って、「矛盾なき教えだ」ということを実証してみようと思うに至りました。
一生を懸けた勝負といってよいでしょう。
これは、自分で自分の人生を切り開いていくこと、前に進むことと同意義でした。
巡り会った時点で、正直に、驚きそのものでありました。
一生掛かっても発見できるかどうかさえわからない生き方や考え方をそのまま示されているようで、心の内側をそのまま突然に見ることになりました。
自分でそれをやり続けて発見して積み重ねていくしかないと決意していた私は、その方針が間違いではないと思うと同時に、その先に道があると結論するに至りました。