神の話

神を感じとりたいと思っているひとに神の話をすることはできますが、神を否定するひとに神の話ができなくて困っています。
どうしたらいいでしょうか。

>神を否定したい人に神の存在の否定の話はできますが、神を肯定するひとに神の存在の否定の話ができなくて困っています。
>どうしたらいいでしょうか。

>からかってるわけではありません。
>要するに、逆の考えの人(私ではない)にとっては事態は全く同じ事なわけです。


私がいえることは、神がいるほうが幸せだということだけです。

>株も上がった方が幸せ、彼女があなたを愛していると思いこむ方が幸せ。
>政治家も誠実であると思う方が幸せ、自分が特別な人間で200歳まで生きれる方が幸せ。

私はなぜ神がいるほうが幸せだと感じたのでしょうか。
具体的な事例を上げろと言われれば出すことはできると思います。
でもその事例を出してまで説明したいという、その情熱もどこからきているのでしょうか。
私は偶然の産物とは思えないと同時に、理由以前の本能に近い感じがするのです。

>どうもまたイライラするなあ。
>自分にとって都合のいいことと、真実の間に何の関係もない。
>彼女があなたを愛していると思う方が、あなたにとって都合はいいけど、彼女があなたを愛しているかどうかとなんの関係もない。

私は結果どうかということを問題にしているのではなく、原因について話をしているのです。
私の存在自体、私の思い自体の発生原因の話をしているのです。
私がどういう存在か、私の思いの内容がどうかではなく、神がいてもいなくても、その創造主の仕事に相当する部分についてどういう成り立ちなのかということです。
神が創造したとすれば、その神の性質、神ではないとすれば、そのシステムについてです。

>あなたは、「神はいると思っています」だ。
>それはいいけど、結論が先にあって、根拠がまるでわからない。
>いいですか。
>1、 存在した方が都合が良い事が存在証明にならない。
>2、 あなたが、存在すると強く信じている事自体は何の証明にもならない。
>3、 神がいない事の証明ができない事が、神のいる事の証明にはならない。

>要するにあなたの言ってるのは、「私は神はいると思っています」だけ。
>こんなせりふは、言っても言わなくても同じ。

神の意志の探求




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