神様に対抗する者
人間には自由が与えられています。
その自由は、神様の生き方に倣って生きること。というのが歴史的にも表されています。
古今東西を問わず語り続けてこられました。仏教や儒教などの道徳に力点を置いた教えでもそうです。
神様という言葉を使っていなくとも、内容において、理想を示し、それを手本にして生きることを示しているといえます。西洋に至っては、哲学や思想においても、理想郷を示し、その理想郷を実現すること、また、その理想郷にいる資格を問うものを基本にしています。民主主義と呼ばれる制度でさえ、信仰の自由を守るためにできた制度です。
幾度となくそれは覆され、また取り戻してきました。私たちは信仰の自由を取り戻さなくてはいけません。
与えられていないことを嘆く者よ、その無力さを知りなさい。神がいないと嘆き続けても、どうにもならないことを知るべきです。
人間には自由が与えられています。
その自由は真なる信仰を妨げるものであっては断じてなりません。
神に対抗する者は、神に対抗されるということです。
これは、自由であるがゆえに、その責任はその者が負わねばなりません。その意味はその者が一番よくわかっているはずです。
どれだけの危険がそこに伴っているか。
自らその苦難を受ける覚悟があるならば、それもよかろう。
ただし、永遠の孤独と、永遠の地獄が待ち受けていることを身をもって、味わうことになるやもしれぬ。
それを選ぶことも自由として与えられていることを知るがよい。