頂いたメッセージ

真理子も2才になりました

メッセージじゃないけれど、グチを少し。
大騒ぎの末、主人と結婚してもうすぐ3年。
産まれたばかりの真理子を置いて盲腸から腹膜炎になって一ヶ月半の入院に突入したのは2年前の9月15日頃でした。この季節になるとヒタヒタと足元にあの時の記憶が触りに来て、懐かしいような不安なような、そんな気分になります。
職場復帰後も真理子の風邪やら熱やらで、休んでばかりでしたが、職場のみなさんに甘えさせていただき、ようよう真理子も2才になって、風邪も熱も減って、ずいぶんラクになってきました。
つくづく人間というのは欲張りだと思うのは、そろそろ二人目欲しいなあと思うこと。
主人45才。最近老眼鏡を使っています。私36才。離婚歴のある主人には24才の長男はじめゾロゾロと子供がたくさんいます。
「これ以上子供が増えるのは許して欲しい」
「これ以上のしがらみはもう勘弁」
気持ちは十分理解できるし、なかなか会えないまだ小学生の小さい子供たちの方は、前の奥さんが病気になってしまって、満足に働きにもいけない様子。
そんないつどうなるかわからない状態で、さらに子供が増えるのは精神的にも肉体的にも限界よね。
頭では理解しつつも、彼が初婚で他に子供がいなかったら二人目だって前向きに考えるだろうに。と、ついつい、いろんなことを考えてしまいます。
そういう自分だって若くない。でもまだ産むのは可能な年齢なのよ。とあきらめきれないでいるのです。
主人のことを思えば、これは奪う愛なのかなあ。
子供は社会の宝なんだし、福祉制度も充実してきているし、何とかなるわよ! 私にまかせなさい! なんて言ってみたいけど、現状は厳しい。
子供はたくさん産みたくて、条件のいい相手を探してて婚期逃してて、「その考え方はおかしい」と反論してきた人は超条件悪かったのに、一緒になってしまったからおかしなものです。
初めからわかってたことなのに。
夫婦なのに愛してくれていないとか、愛してないとか、そういうことではないけれど、「子供はもういらない」と断言されるのはやっぱり寂しいなあ。
私が主人だったら? やはり「もういらない」と言うでしょうけどね。
こんなところでグチってごめんなさい。
グチは言わない戒めで生きてはいたんです。
女性として、子供を産みたいと思うことは自然なことだから仕方ないと思うんです。
お互いのために一番いい環境として仏から与えられるものに身を任せるつもりで、成り行きを見守ることにしますね。








 CU