神様っているの?

>”神様”っているのでしょうか。
>目の前に現れませんし、わたしの周りに”神様”に救われたという人は誰一人いません。


目の前に現れているかもしれませんよ。そう感じさせないだけで。

救われるということがどういうことかというのも考えないとわかりません。
当たり前にと思っていることは全く当たり前じゃないかもしれませんよ。
人間が生きていくのに必要な空気や、食べ物、自然はあるし、夢を持つことも、希望を持つこともできる。
神様はほとんどの、人間に出来そうにないことは用意されていると思いませんか。
自分で選んでいくことのできる事柄だけを与えられていて、それさえ与えてほしいと言っているのが、私たちではないでしょうか。
さて、救われるというのは、きっと、どうしようもなくなったとき、神様にもう少しだけ手助けしてくださいとお願いして、そうして助けてもらうことです。
神様はいろんな思いがけないことなどを通して、手助けをしてくださいます。
友人、知人や、身近な人を通してのこともあるし、心の中に思いつくようにヒントを与えてくださることもあります。
それに気づくかどうかもわからないような自然さで。


>テレビやラジオ、新聞などでも、見たり、聞いたりしたこと無いです。

>いろいろな宗教が存在するということは、いろいろな”神様”がいるということだと思いますが、どれが本当の”神様”なのでしょうか。

神様はひとりひとりの心の中にいらっしゃいます。
それを他の人の中に発見することもあるでしょう。
いろんな神様はいらっしゃるでしょう。
人間に個性がある以上に神様には個性があるでしょうね。
あなたに親しい神様もいれば、そうでない神様もいるでしょう。
どの神様だけが本物というわけではないでしょう。


>また、”神様”を信じてどうなるのでしょうか。
>学校では、”神様”とは苦しんでいる人を励ましたりするための人間が作った道具と聞きました。
>また、犯罪を抑制するための道具と聞きました。
>(たとえば、〜をするとバチがあたるとか)


神様を信じるということは、神様を理想にして生きることができるということです。
これだけで大変な才能なのです。
だって、学校できちんと教えてもらえるわけでもないし、神様を信じている人ばかりとは限らないようにみえます。
その環境で神様の存在をイメージできるということはこれだけで多くのことを得ているのです。
神様を信じることは、善を選び、悪を捨てるということです。
自分を信じ、他の人を信じることです。
それは可能性において素質において善であるということを信じることです。
まだ、充分に納得のいく自分ではなかったとしても、方向性があるとそうした自分になっていくことができます。
その証拠は自分自身で示すことができます。
人はその人がそうなりたいと思ったように、なっていくことができます。
環境も思いがきっかけになって変わっていきます。
思いの内容によってその通りに、単純なら単純で複雑になら複雑な経過を辿ってそうなっていきます。
神様を信じるということはどういう生き方をするかをはっきりすることになっていきます。


>ここのところ、ちょっと、落ち込んでたのです。
>でも、あなたの レスをみて
>もっと、前向きに考えなきゃな、と思いました。

>いつまでも落ち込んでちゃしょうがないもんね。

>どうも、ありがとうございました。

>PS : あなたは、ある意味でわたしの神様だったのかな?




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