いかに生きたか

幸福の科学は永遠の生命と、永遠の転生輪廻と、あの世とこの世とを貫く幸福、この世とあの世を貫く縁起の理法を基本にしています。

憑依は、霊界を認めようとしない人が、その心の状態のまま存在する状態です。
どうしてそうしたことが起こりうるかというと、霊界は、思った通りの世界が展開する世界だからです。
天国という本来の世界にも、地獄という本来ではない世界にも行けずにいる状態なのです。

しかし、憑依の状態が全ての世界観なのではないということを、思いがそのまま展開する世界だということを知ったときに、私たちはその思いの内容を探求することが必然となるのです。
それは、理想そのものの探求です。

肉体をもってこの世に存在しているうちは、三次元の物理法則などがあって、思った通りの世界が即、実現するとは限りません。

しかし、死して後は違うのです。その人にとって、その人が思った通りの世界になるのです。

心の価値はそれ自体、発展するのです。
生きているうちに、思ってもみなかったことを体験したり、思ったことを実現したりして、その努力や、智慧や、愛や、発展がその人の心の資質となるのです。

だから、愛、精進、感謝なのです。

そして、過去世に実績があったものでも、今世に実績がなくては、もともと、それだけの存在であったと評価をします。
素質があっても、素質だけではだめなのです。
その環境で、あなたがいかに生きたか。

これは、誰であっても例外はないのです。
そして、その環境においていかに生きたかが、その人の価値なのです。
それがすべてなのです。言い訳などできないのです。

その決意を持ってのみ人間といえるのです。




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